人生大逆転を狙うアラフォー無職男のブログ – まぁゆっくりいこうよ –

起業して人生を謳歌するも挫折し再就職したが3ヶ月でうつ病寸前になり退職、実家に戻り母親と2人暮らしになる。地方の風はもっと厳しく未だに無職だが、個人事業主として再出発、もう1度ビッグウェーブを目指して奮闘中!

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目指せ社会復帰(6)!面接2社目は農業系?、、、内定出るも断る

   

1社目の採用面談などの一連の流れで久々に帰って来た地元の特性も思い出しつつ、なかなか厳しい戦いが待っているぞと覚悟しました(汗)。

東京にいた頃にはあまり感じることのなかった”年齢の壁”も栃木では重くのしかかります。最初の記事でも書きましたが、僕がUターンしたような地方では、

・インフラ系(工事系・家系・内装設備系など)
・飲食店
・代々続く家業を継ぐ

あたりで自分で事業を行なっているか、もしくは勤め人なら新卒で地元の市町村クラスの公務員が最強です。特に公務員は、人事院が勧告する公務員の最低賃金に国や県から借金してでも無理やり合わせてくるので、給料水準もいいです。

で、一般企業は大手の地方事務所は別として(ここは皆さん本社水準なので)、地元の中小・零細企業はほぼ先祖代々続く会社で、経営者の利益独占になります。雇われの従業員は給料も非常に低く、残業代なしなんて当たり前、そしてこっちに帰って来てびっくりしたのが朝は8:30から仕事開始で土曜日は何事もないかのように出勤です。なので、都会の会社員の方と比べると年間の休日が40-50日少ないです。そして年収も3/5くらいかもっと低い感じです(涙)。まぁ3LDKのマンションが4万円とかで借りられるところですが(汗)。

というわけで、自由に羽ばたきたいならまた自分で事業を起こせと言われているような気もしましたが、そんな気力も財力もない僕は(汗)、2社目の面談を行うべく転職サイトを物色しました。

条件についてはもう諦めるしかないので、やりがいとか自分が役に立てるところを念頭に探していたところ、ある会社に目が止まりました。注目した点は、

”海外進出のお手伝いをしてほしい!”

という点でした。発展途上国のインフラを整備して近代技術的な農業を普及するみたいな、確か栽培用のハウスの建設か何かのノウハウを輸出するみたいな感じだったと思います。

農業というところにはひっかかりましたが(全く知らない分野だったので)、語学力を活かして海外を飛び回り、途上国の発展に貢献するなんて素晴らしい!これいいかも!と思い、早速応募してみました。

栃木にこんな会社あるんだなぁ〜と感心しつつ、社長の経理機などをサイトで確認すると、、、出身は北海道とあります。

んん?

という直感が働きます(汗)。もしかしてマズいかな?とビビりつつも、まぁ話だけでも聞くのはいいでしょ!と思い、面談のセッティングをして訪問しました。12月の中旬くらいだったと思います。

会社に行っての第1印象は、、、陰気臭い(汗)。

この感じ外れてばいいなぁ〜と嫌な予感を打ち消そうと必死で待っていると、社長さんの登場です。ちなみに2年前の転職活動の時もそうですが、会社を経営していたという僕の経歴を発見した所だと必ず最初に社長との面談になります。今回も前回もそうです。

社長さんの印象は、、、栃木県民ではないね(笑)。雰囲気も態度も全く違いました。でも率直に話してくれたかな?

で、お付きの部下みたいな人がいましたが、こっちの方は完全な”栃木人”。なんとなくすり寄るような、それでいてどことなく人を小馬鹿にしたような見下したような態度、、、これです!彼が色々と業務の内容や雇用条件を説明してくれたのですが、

まず海外の仕事は経験を積まないとやらせない、、、え??

交通費も残業代も出ない。休みは月に1-2日でほぼ歩合制、、、ん?

営業車は自分で用意しろ、、、は?

頑張れば歩合のお金で年収500万くらいはいくよ、、、いやいや(汗)

最初から正直に話してくれるのは、おそらくいいことだけ言って採用しても速攻辞められてしまってラチがあかないから、現実を最初から伝えてそれでもいいというやつを採用したほうがいいと思ったのでしょう。まぁ正しい判断ですね。

この時点でほぼ冷めてますが、僕は(汗)。

結果は来週くらいに電話しますとのことで今回の面談は終了、この会社で働く意味を見出せないでいました。

で、ここもやはり2週間くらいたっても連絡も来ず、年内は無理か〜、それかもう就職はいいかな?と思っていた年末の27日とか28日だったと思いますが、

”採用するので契約に来て欲しい”

と突然電話が入りました。おそらく、先に何人が内定を出したけど色々あって逃げられて僕に回ってきたのでしょうという感じでした。

2回目の訪問で、今度はかなり具体的な条件が提示されます。正直ヤバいくらいの条件です(涙)。そこから判子押せ、ハンコ押せの圧力と、ピンと来ないならやめたほうがいいの入れ子でした(汗)。

”ここでは判断できないので持ち帰っていいですか?”と持ち帰り、これは無理だねとお断りを入れました。後日履歴書が返送されてきたところを見ると意外とまともな会社だったかもしれません(汗)。

というわけで、僕の再就職活動は12月で終了しました。会社に勤めてどうしたいのか?ただ収入があればいいのか?やりがい?目標?いろんなことを考えながら、地元に戻った1ヶ月は過ごしました。

2017年は良い事あるかな?そもそも僕にとって良いことってなんだろ?って思ったりもしてました(汗)。

続く

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